2016年12月04日

スリムだったころ

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神さまごとで、あちこちに出没(?)していたころの写真です。祠の前に立っているその後ろ姿がとてもスリムです。自分の後ろ姿を見ることはあまりないわけですが、今の私の後ろ姿とはだいぶ異なるような気がします。

周囲に白く見えているものは、不明のままです。神さまごとをしていると不思議なことによく出会いますから、そうしたものだと周囲の人たちは理解していたようです。
posted by ほうとく at 13:25| Comment(0) | TrackBack(0) | ・神さまごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月12日

インド宗教の流れ

バラモン教が紀元前1000年ごろ成立。後に僧の腐敗で、ジャイナ教と仏教が生まれます。仏教はインド土着の神様が仏教に帰依したとしました。バラモン教徒の信者が減少します。そこで、信者獲得のために土着の神を取り込んだのが、ヒンズー教です。ヒンズー教徒とイスラム教が合わさってシーク教になりました。

バラモン教グループ
・ジャイナ教(商人向け)
・仏教(支配者向け)
・ヒンズー教(マイナーチェンジ、世俗化)  
・シーク教(ヒンズー教・イスラム教)

現在のインドで、84パーセントを占めるメジャーな宗教、ヒンズー教(ヒンズー教の一派としてジャイナ教、仏教、シーク教を含む)は、バラモン教グループだと分かります。
posted by ほうとく at 12:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

お坊さんに一言「仏壇の主役はご本尊様だと言ってあげて」

ご先祖様を崇拝するのはすばらしいことです。あるいは当然のことかもしれません。そのせいだと思いますが、日本の多くの方が仏壇の前で、ご先祖様にお祈りしておられます。そこには、お位牌があるか、過去帳があります。

仏壇には御本尊様をお祀りするようになっています。その奥まったところにご本尊様に関係する掛け軸か仏像があります。仏壇は、お寺のミニチュアですから当然です。

7世紀に天武天皇の発した詔(みことのり)が、家ごとに寺を作って仏像とお経を置いて礼拝供養せよでした。持仏堂(じぶつどう)です。もちろん一般の人にできることではありません。室町時代になって「南无阿弥陀仏」と書いた掛軸を仏壇に祀るようになりました。

位牌の本質は、亡くなった方の霊の依代(よりしろ)です。お釈迦さんの教えでは、霊の依代が必要ではありません。日本の位牌は、仏教由来ではなく、日本古来の習俗由来か儒教由来です。

現在のインドのおもだった宗教は、ヒンズー教です。ジャイナ教、仏教、シーク教も含まれています。そこには仏壇も位牌もありません。亡くなられた方を焼いた残りの灰も聖なる川に流してしまいます。

仏壇で、お釈迦さんやその他の如来を飾りながら、位牌や過去帳にお祈りをするのは、正しくないよと、お坊さんは、檀家さんに説明してあげてください。
posted by ほうとく at 11:08| Comment(0) | TrackBack(0) | お坊さんに一言シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月08日

お坊さんに一言「神主になることをお勧めしたいお坊さん」

お葬式で、お坊さんのお勤めを見ていて、スゴイという方がたまにいらっしゃいます。亡くなられた方が、成仏される、というのか、もうこの世でさまよわれることはないだろうなあと思える術を駆使されるお坊さんがいます。それがまた意外にも禅宗だったりします。実際、その後、ご家族や親戚の方から、お亡くなりになった方が夢に出てくるとか、気配を家の中に感じるとかという話を聞きません。

そうしたお坊さんをお見かけすると、神主になられたらいいのにと思います。
posted by ほうとく at 15:35| Comment(0) | TrackBack(0) | お坊さんに一言シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

仏教発祥の地、インドのタージ・マハルは、イスラム教のお墓です。

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ムガル帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンが、1631年に死去した愛妃ムムターズ・マハルのため建設した総大理石の墓廟です。1632年着工、1653年竣工と言われています。インドのイスラーム文化の代表的建築物です。ムガル王朝の皇帝は大きな霊廟を備えています。

インドは、ヒンドゥー教の国です。広くいうと、紀元前2300年頃から現れたインダス文明の時代から現代にまで続くインドの文化の基層をなすものです。ヒンドゥー教徒は墓を持たず、遺体は火葬され遺骨や灰は川に流します。また、霊魂は永遠と考えるイスラーム教徒でも墓は簡素なものです。

タージ・マハルは、大きく、美しい礼拝施設になっています。霊廟としては、専制君主の権勢を示す目的になっていて、ほんらいの宗教的な意味合いとは異なるものです。
posted by ほうとく at 11:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする