2018年09月15日

あのゲーハーの万年筆は、どうしたのだろう

223bf73df5595f6d520577ef9c5a9dab_m.jpg


学生時代に使っていたゲーハー、Gehaの万年筆のことを、ふと思い出した。よく書けるので、お気に入りだった。

舶来品は、まだ特別な感じをかもす時代であった。話題になるのは、高級品としてのモンブラン、ペリカン、パーカー。そうしたブランドの万年筆を買い求めて使っている友人もいた。

鞄に入れてふだん使っている万年筆の掃除をしようと思ったときに、突然、ゲーハーを思い出してしまった。引き出しの奥などを探してみたが、出て来なかった。

ゲーハー社を調べると、日本でポピュラーにならないうちに、ペリカンに買収されたらしい。

そのときどきで縁のあること。懐かしんで、当時の万年筆を再び使うこともない。その万年筆で満たされたそのときの思いは、心に残る。

(写真は、ゲーハー社の万年筆ではありません)
posted by ほうとく at 15:03| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月13日

あのゲーハーの万年筆は、どうしたのだろう

223bf73df5595f6d520577ef9c5a9dab_m.jpg


学生時代に使っていたゲーハー、Gehaの万年筆のことを、ふと思い出した。よく書けるので、お気に入りだった。

舶来品は、まだ特別な感じをかもす時代であった。話題になるのは、高級品としてのモンブラン、ペリカン、パーカー。そうしたブランドの万年筆を買い求めて使っている友人もいた。

鞄に入れてふだん使っている万年筆の掃除をしようと思ったときに、突然、ゲーハーを思い出してしまった。引き出しの奥などを探してみたが、出て来なかった。

ゲーハー社を調べると、日本でポピュラーにならないうちに、ペリカンに買収されたらしい。

そのときどきで縁のあること。懐かしんで、当時の万年筆を再び使うこともない。その万年筆で満たされたそのときの思いは、心に残る。

(写真は、ゲーハー社の万年筆ではありません)
posted by ほうとく at 14:36| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月09日

「未病」に行き当たってしまった

6a5f0ab03cc38b971c1f2d4bbd5b7fce_m.jpg


同じ時間帯に目覚めるのは、内臓への気の流れに障害があって、それが感情に連なる。時間帯によって、その機能する部位が異なる。その出典を探していたところ「黄帝内経(こうていだいけい)」に行き着いた。その中に「聖人は既病を治すのではなく、未病を治す」とある。

先日、「未病」が健康に生きるために、病気を治すのではなく、「未病』に気づき、対応することが必要だとお医者様に聞いた。今、また、その「未病」に出会ってしまった。
posted by ほうとく at 22:31| Comment(1) | 医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月14日

カナヘビさんがお盆にお越しになった

20180814_084057963.jpg
お盆にはいろいろな方がお越しになります。今朝は、玄関に、とても小さなカナヘビさんがおられました。
posted by ほうとく at 17:41| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月08日

父は、デカルトに一家言をもっていた

74bd28724166f1cbd94e2c3171a54898_s.jpg


私が学生だったころに父が話したことを、最近、思い出した。デカルトの「コギト、エルゴ スム(我思う、ゆえに我あり)」という私たちが聞き慣れたラテン語の言葉を、父は「Ich denke, also bin ich.」とドイツ語で私に言っていた。父が学生時代にドイツ語の書籍の中で読んだのかもしれない。現在も、世間でよく言われるデカルトへの批判、「我が思うならば、我は存在する」を前提にしているデカルトの論理的欠陥に、父は気づいていたようだ。父は、私に「ほんとうは『我あり思うと思う、ゆえに我ありと思う』なのだ」と冗談ぽく説明していた。
posted by ほうとく at 02:47| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする