2017年04月14日

「幸せな家族」「成功」への依存のプロセス

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わたしたちがこの地上に生まれたとき、自分の生命すらも自分で維持することができません。周囲の支援、とりわけ母親の愛情と世話がなければ、いのち断えることでしょう。この依存に徹した時代から大人になっていき、自分勝手に生きられるようになることが自立です。自分で判断し、自分の経済力で、生活できるようになります。そうすると、自分一人でできないことが社会の中でできることに気づき、伴侶を得たり、社会生活を営むために人間関係を構築していくのです。

一見すると、依存から、自立、そして相互依存に至ります。ところが、詳細にみると、自立までの依存は、往々にして共依存であったり、あるいは、その後、自立はしているけれど、自律できていないことがあったりします。

母親の中には、赤ん坊を育てることが、生活の中心にある人がいます。そうした状態、溺愛を始めると、自分自身を見失います。赤ん坊は、自分の生命のために依存していますから、共依存の状態です。子供の母親が、子育ての基礎になっているのは、母親も子供も、その家族の一員であることに由来するのです。そこを理解できれば、依存することなく、子育てができます。

経済的自立は、生命の維持や健康や最低限の生活のために必要です。しかし、自分の欲求を満たすのは、物的な要件によるものではないことがあります。力量が伴うならば、自律できます。それは、自分の思うように自分自身をコントロールできる状態です。自律の基本は、自分の感情のコントロールです。それができるとストレスは激減します。

精神や肉体を自分の思うように操れる状態、つまり、自律ができると、必要に応じて、周囲を整えることもできます。自律した人は、自分の領域に自律した人を呼び込み、互いの活動を支え合うことになるのです。それが相互依存です。家庭では「幸せな家族」と呼ばれます。事業家の相互依存は、一般的に言われる「成功」にあたります。
posted by ほうとく at 12:05| Comment(0) | TrackBack(0) | ・幸福 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月28日

「運の良くなる生き方」西中務著を読ませていただきました

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西中先生のご著書を読ませていただきました。「運の良くなるふつうのことを書いているよね」というような生半可なご本ではありませんでした。弁護士の立場で争いごとの始終を見てこられた先生が、人生で肝要な部分を著されています。争いをやめることを勧められる先生の切実な願いがよく分かります。だれもが日常に冒している罪、その解消についても、しっかり述べられています。

弁護士は、「争ってなんぼ」の世界の人です。理念では、そうではないはずなのですが。西中先生に、よくお会いします。「元気が良すぎて、何を言ってらっしゃるのかよく分からない」と言われるほどの元気なおっさんにも見えます。先日、先生と向かい合って座って、少しお話をさせていただきました。先生が、とても穏やかで、かわいらしいまなざしをなさっている、そして穏やかな口調でお話をなさることに気づきました。それで、すぐに読みたい思ったのです。

posted by ほうとく at 18:27| Comment(0) | TrackBack(0) | ・幸福 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月09日

好き嫌いは、ほんとうの自分に戻すためのバロメーター

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「それ、大好き」「あれ、したい」「これ、ほしい」「それ、嫌」「したくない」などと、わたしたちが日常で出会ういろいろなことに好き嫌いなど感情を揺らがせることでしょう。

わたしたちは、地上でかわがままを発揮します。それはエゴで、本来の自分とは異なるいびつな自分です。そのいびつな自分が本来の自分とのずれを心が知って、感情が揺らぎます。「ほんとうの自分とは違った状態になっていますよ」ということを「好き嫌い」などの感情で知らせてくるのです。それは、ただのお知らせです。

そのお知らせに気づいたときに、ほんとうの自分に立ち返るように努めればよいのです。そうすれば、そのままで心地よく、思うがままになるのです。
posted by ほうとく at 21:04| Comment(0) | TrackBack(0) | ・幸福 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月04日

国会議員は国益を最優先する

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だれでもが立場に応じた役割を果たさなければなりません。社会はそれによって機能します。また、それぞれの役割を負いながら私たちは多くを学ぶのです。

独立した国家であれば、国会議員は国益を最優先に考えるのが当然のことです。国益を損なうような言動や振る舞いは、国会議員としてふさわしくありません。

政治家を表す英語にポリティシャン(politician)とステーツマン(statesman)があります。前者は「自分の支持者に向いている」、後者は「国民全体、国家に向いている」という違いがあります。当然、後者のほうが国会議員としてふさわしいということができます。

与党であっても、野党であっても、あるいは、保守であっても、革新であっても、国益を優先して考えている国会議員が、その立場にふさわしいのです。国益を損なう言動や振る舞いをする国会議員は、その立場にふさわしくありません。党派が異なり、方法が異なっても国家のために尽くそうとしていることが必要なのです。そうした議員を選挙によって選出しなければなりません。

選挙は、投票者の好き嫌いを問うているのではありません。国会議員として良いか悪いかを、投票者の感情に振り回されることなく見定めなければならないのです。
posted by ほうとく at 15:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする