2018年08月08日

父は、デカルトに一家言をもっていた

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私が学生だったころに父が話したことを、最近、思い出した。デカルトの「コギト、エルゴ スム(我思う、ゆえに我あり)」という私たちが聞き慣れたラテン語の言葉を、父は「Ich denke, also bin ich.」とドイツ語で私に言っていた。父が学生時代にドイツ語の書籍の中で読んだのかもしれない。現在も、世間でよく言われるデカルトへの批判、「我が思うならば、我は存在する」を前提にしているデカルトの論理的欠陥に、父は気づいていたようだ。父は、私に「ほんとうは『我あり思うと思う、ゆえに我ありと思う』なのだ」と冗談ぽく説明していた。
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2018年07月01日

プラド美術館展を観に行ってきました

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兵庫県立近代美術館でプラド美術館展が催されています。ご配慮をいただき、鑑賞の機会を得ました。感謝です。ベラスケスなどの作品が来ています。なかなか見応えがありました。
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国際教養振興協会の年次総会に出席しました

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第5回、国際教養振興協会ICPAの総会が大阪で行われました。東條英利さんが代表理事を努められています。東條さんにご配慮いただき、何カ月かぶりにお会いすることになりました。東條さんのお人柄で多くの方が盛り上げようとなさっている感じがよく分かります。

岩谷英昭さんの講演がありました。懇親会でお話しさせていただきました。米国松下電器会長、グローバル戦略研究所長などを歴任され、明治学院大学、東北財経大学(中国)客員教授、ピーター・ドラッカー研究所特別顧問とのこと。立派な肩書ですが、やはり、お人柄がステキな感じでした。

「世界を知るには、まず自分を知ることから」と資料の下方に小さくプリントされています。
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2018年06月18日

マミーブラウンを埋葬したバーン・ジョーンズ

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マルタン・ドロリング wikipediaより

きれいな茶色があります。ピンクがかった透明感のある茶色で、マミーブラウンと呼ばれます。ラファエル前派でよく使われた絵の具の色です。ラファエル前派は、19世紀の中頃、ヴィクトリア朝のイギリスでの活動で、宗教的秘密結社のようにもみえます。

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エドワード・バーン・ジョーンズ wikipediaより

マミーブラウンの当時の材料は、エジプトのミイラでした。それを知ったエドワード・バーン・ジョーンズ(1833年-1898年)は、鉛のチューブに入ったマミーブラウンの絵の具を芝の庭に埋葬しました。彼は、神学を学んでいましたが、聖職者になるのをやめて、友人のウィリアム・モリスの影響で、画家になりました。

来世のためにミイラにした方々の思いを、マミーブラウンを使ってきた人たちも、埋葬した人も、敏感に感じたのかもしれません。
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2018年05月24日

「1+2+3+4+… =-1/12」を主張する近世のソフィスト

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「1+2+3+4+… =-1/12」だという人がいます。数学の得意な人です。ところが、「無限大まで加え続けて、右辺の数値になるわけがないよ」というのが普通の人です。

コーシーやオイラーの業績を踏まえ、あるいは、リーマンのゼータ関数を用いると、その等式が成り立つそうです。ところが、無限の数列を扱うにはコツというのか勘どころがあります。それを巧みにコントロールして、知らない人たちをけむに巻いている人がいます。近世版ソフィストです。古代ギリシアで「智が働くようにしてくれる人」「教えてくれる人」を意味するソフィストですが、詭弁に長けていたように当時から思われていたのです。

その式を眺めて、「それ、誤っている」と拒絶する人は、自分の枠組みをベースにしていますから、その枠組みに合致した詭弁に乗ってしまうのです。「ああ、あれだなあ。それ、おかしいよね」と思える人は、受けいれているので、その詭弁の部分が見えるのです。

この左辺の無限級数の和が、右辺のように決まるという説明は、特別なことなのです。ゼータ関数を用いて証明をするときに、条件がちらちらと見えています。それを子供にも分かるような数式を用いようとすると、それが抜け落ちるのです。


1+2+3+4+… =-1/12 
その一般的な証明は、次の通りです。

元の式の左辺を
A=1+2+3+4+5+6+……
とする。

次のような数列の和を用意する
B=1-2+3-4+5-6+……
C=1-1+1-1+1-1+……

AとBから
B-A=(1-2+3-4+5-6+……)-(1+2+3+4+5+6+……)
   =1-2+3-4+5-6+……-1-2-3-4-5-6-……
   =(1-1)+(-2-2)+(3-3)+(-4-4)+(5-5)+(-6-6)+……
   =-4-8-12-20-24-……
   =-4(1+2+3+4+5+6+……)
   =-4A
よって
B-A=-4A
B=-3A
A=-B/3

また、BとCから
C-B=(1-1+1-1+1-1+……)-(1-2+3-4+5-6+……)
   =1-1+1-1+1-1+……-1+2-3+4-5+6-……
   =(1-1)+(-1+2)+(1-3)+(-1+4)+(1-5)+(-1+6)+……
   =0+1-2+3-4+5-……
   =B
よって、
C-B=B
C=2B
B=C/2

そられから、
1-C=1-(1-1+1-1+1-1+……)
   =1-1+1-1+1-1+1-……
   =C
1-C=C
1=2C
C=1/2

A=-B/3=-C/6
より、
A=-1/12
となる。
よって 1+2+3+4+… =-1/12 

と説明されます。

その説明は、なかなかおもしろいと思います。巨大な数値になる元の数列を、意味があるものにする数列に変換しているのです。自然数が無限大になるまで、加え続けていた元の式では、無限大を超える無意味な数式でした。加算、減算を繰り返すことで、そこから抜け出したのです。しかし、右辺のようにある数値になるというのは、数式遊びのときだけで、イメージが貧困なのです。

この証明の数式を眺めていたときに、「……」の最後は「+(∞-2)+(∞-1)+∞」「+(∞-2)-(∞-1)+∞」「-(∞-2)+(∞-1)-∞」です。ということは、ある条件下でしか、特定の数値にはならないのではないかと想像ができたのです。ゼータ関数を用いて証明するときに必要だった条件があったはずです。その拡張の仕方を誤ると、無意味な式になることが分かるのです。
posted by ほうとく at 22:50| Comment(0) | 真理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする