2018年07月01日

国際教養振興協会の年次総会に出席しました

20180630_141648752-20.jpg


20180630_145718295-20.jpg


20180630_165910509-20.jpg


20180630_234258986-30.jpg


第5回、国際教養振興協会ICPAの総会が大阪で行われました。東條英利さんが代表理事を努められています。東條さんにご配慮いただき、何カ月かぶりにお会いすることになりました。東條さんのお人柄で多くの方が盛り上げようとなさっている感じがよく分かります。

岩谷英昭さんの講演がありました。懇親会でお話しさせていただきました。米国松下電器会長、グローバル戦略研究所長などを歴任され、明治学院大学、東北財経大学(中国)客員教授、ピーター・ドラッカー研究所特別顧問とのこと。立派な肩書ですが、やはり、お人柄がステキな感じでした。

「世界を知るには、まず自分を知ることから」と資料の下方に小さくプリントされています。
posted by ほうとく at 00:27| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月16日

成長とエゴ

ランニング.jpg


私たちは、いつでも、幸せを目指しています。より良い状況を希望しています。環境などの改善によって、自分を心地よくしたいのです。

家族を幸せにしたい。お金があれば、幸せになるはずだ。だから、お金を稼ぐ。きれいな服装をして、気持ちよくなりたい。そのために研究をするのです。おいしい食事を用意したいから、よい材料を用意し、調理を工夫するのです。それらは、とても楽しいことです。自分の目指すことのために喜んでできることです。

ところが、極めようとすると、お金を稼ぐために、面倒なことに出会うようになったり、きれいな服装を整えるために、それ以外のしたいことができなくなったり、おいしい料理のために、他の人の協力を必要とするようなことになったりするのです。

好ましい結果を得ようとして、手間隙が、思う以上に負担になってくると、好ましい結果を得るまでに作業を放棄することになるのです。それによって好ましい結果を得ることができずに、悩ましい思いを抱えることになるのです。

イヤなことを自分の心が知っています。その人の自分の領域の範囲で得心のいかないことに対して、感情が警告を発しています。

自分の思いと、宇宙の中にあるほんとうの自分とのギャップを、心が知らせています。ほんとうの自分の姿を超えようとしたとき、心がきしむのを感じるのです。ユニークな自分のやみがたい自分の欲望と、自分がしこり、他者を陥れることにしかならない己がための欲望は、いずれもエゴと称することになります。

しかし、差異があります。前者が、自己の成長の程度が大きく、周囲への貢献があるのに対して、後者は、わがままで、周囲に迷惑をかけることになっています。前者は、自己の成長によって、より偉大な何かに近接しようとすることで許されるのです。
posted by ほうとく at 12:57| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月30日

愛は宇宙の法則です

0ee12252e8b815201b9330c6dc5d34f3_m.jpg


宇宙全体が愛そのものです。私たちは、愛の中にいます。

私たちは、宇宙全体に育まれ、慈しまれているのです。私たちが、愛を思い描こうとすると、暖かく輝かしい気配を感じてしまいます。そのままで赦されている確信を得ます。

その不思議さにお気づきですか。宇宙に思いを馳せることで、あるいは愛に思いを寄せることで、私たちが自在に思い、考え、好きなように活動しているすべてが、赦されます。それは、どうしてなのでしょうか。宇宙がダイナミックだからです。その全体が動的で、すべてを受け入れるからです。広大無辺に見えているのは、動きのある宇宙の一部分に、わたしたちのどのような姿でも、受け入れてもらえるからです。

宇宙の一部分がわたしたちの居場所です。捉えどころのないように見えるわたしたちの居場所が、しっかりわたしたちを支えています。わたしたちが、どのような振る舞いをしようと受け止められる居場所があります。愛と呼ぶ宇宙の法則が縦横無尽に交差し、わたしたちを支えているのです。愛は揺るぎなき法則なのです。
posted by ほうとく at 15:05| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月20日

凡事徹底

DSC_9526.jpg


「凡事徹底」いいですね。建物の建築現場で見つけました。
ラベル:凡事徹底
posted by ほうとく at 21:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月04日

国会議員は国益を最優先する

071be9a60a14f550e8ae9a88c95e0e91_m.jpg

だれでもが立場に応じた役割を果たさなければなりません。社会はそれによって機能します。また、それぞれの役割を負いながら私たちは多くを学ぶのです。

独立した国家であれば、国会議員は国益を最優先に考えるのが当然のことです。国益を損なうような言動や振る舞いは、国会議員としてふさわしくありません。

政治家を表す英語にポリティシャン(politician)とステーツマン(statesman)があります。前者は「自分の支持者に向いている」、後者は「国民全体、国家に向いている」という違いがあります。当然、後者のほうが国会議員としてふさわしいということができます。

与党であっても、野党であっても、あるいは、保守であっても、革新であっても、国益を優先して考えている国会議員が、その立場にふさわしいのです。国益を損なう言動や振る舞いをする国会議員は、その立場にふさわしくありません。党派が異なり、方法が異なっても国家のために尽くそうとしていることが必要なのです。そうした議員を選挙によって選出しなければなりません。

選挙は、投票者の好き嫌いを問うているのではありません。国会議員として良いか悪いかを、投票者の感情に振り回されることなく見定めなければならないのです。
posted by ほうとく at 15:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする