2018年11月12日

「世界平和 祈りの幕開け! SUNRISE PRAYER FOR WORLD PEACE」に出席しました

DSCN4101-20.jpg


DSCN4100-20.jpg


DSCN4105-15.jpg


DSCN4109-15.jpg


11月11日に、NPO神戸平和研究所主催の「世界平和祈りの幕開け! SUNRISE PRAYER FOR WORLD PEACE」に出席しました。昨年、杣浩二先生が博士号授与された祝賀会から始まるものです。そして、今後の世界平和へつなごうというレセプションに、世界中から、人種や宗教を超えて数百人の方が参加されています。

先生の業績は、当日配布された資料からもうかがえます。日ュ同祖論の証拠を、旧約聖書の中から、あるいはその他の多くの文献の中から、また、実際に、世界中を飛び回って、丹念に探されています。イスラエルと日本、失われた十支族、日本の古代史、ソロアスター、太陽神崇拝などがつぎつぎにつながってきます。今後の先生の活躍を楽しみにしています。
posted by ほうとく at 09:27| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月10日

「市民による追悼行事を考える会」総会に出席しました

20181110_092836593.jpg


阪神淡路大震災から24年が経とうとしています。「市民による追悼行事を考える会」の呼びかけ人をさせていただいていますので、11月7日の総会に総会に今年も参加させていただきました。来年の1月17日に、あるいは、そのころに慰霊などの行事が多く催されます。参加され、防災にも思い及べば幸いです。

顔ぶれが、例年、若干変わります。「えっ? あの先生がお亡くなりになったの?」というようなことがあります。
posted by ほうとく at 10:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月06日

兵庫県宗教連盟の研修旅行で天の橋立などに行かせていただきました

L1013654-20.jpg


L1013730-20.jpg


L1013745-20.jpg


L1013764-20.jpg


L1013807-20.jpg


11月5日、6日に、兵庫県宗教連盟の研修旅行がありました。隔年の実施です。今回は天の橋立などに行って参りました。天の橋立見学、文殊堂見学、丹後国一宮、元伊勢、籠(こも)神社正式参拝、その奥宮、真名井神社参拝、玄武洞見学、福知屋見学、天理教照来分教会参拝、餘部鉄橋「空の駅」見学となかなか充実ぶりです。

籠神社では83代目の海部宮司のお話を伺いました。縄文から弥生時代への変遷を物語る本殿建物の構造にも言及されました。享保10年創業の香住鶴の直販所、福知屋で、話を伺うと、一部の銘柄では米作りから手がけておられます。餘部鉄橋列車事故の慰霊をなさった参加者もいたことと思います。
posted by ほうとく at 23:52| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

約束を守らない者に生じるトラブル

e093b20a188ecbfa28ce50f1357dfaaf_m.jpg


政府間でも、人間同士の約束でも、人と神さまとの約束でも、それを守るのが当然のことです。契約書がある場合もあります。口約束の場合もあります。守れなかったときに、自分の非を認め、詫びるものです。その償いをしなければなりません。

約束の反故は、そのままですむのではありません。「あの約束、止めるね」と言って、相手が「分かった」と言ってすらも、じつは、それを了解されたからこそ、償いをしなければ、反故にした側で、問題が生じ続けます。そのときになって判明することが多いのですが、約束を履行していれば、その問題は生じなかったことなのです。それを解決するには、賠償する、あるいはお供えをすることで、水に流すのです。
posted by ほうとく at 22:06| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月26日

「神さま、お願い」のかなう内容とは

fc2290e7d1c7d37d727a01a59666db09_m.jpg


神頼みするときには、どなたもが自分の都合で、神頼みをなさいます。自分の都合は、大自然のあるべき状況に関係なく考えている内容です。伺うと「それ、ちょっとちゃうで」ということもあります。

皆さんからいろいろなご祈祷の依頼があります。その成就を、毎朝、神前で願い出ます。どなたもが幸せになりたくておっしゃっています。

「今度の契約で相手が、ウンと言うように」「話し合いが思い通りにいくように」「息子の受験がうまくいくように」という願意は、願い出ている方のお気持ちからいえば、当然です。その結果を心待ちにしていらっしゃるのも当然です。

その内容は、相手や周囲に迷惑をかけています。自分の都合があって、相手にそれに従わせようとしています。受験は、だれもが合格したい中で、自分の子供が通れば、だれかが落ちるのです。そのままに祈れば、思いがかなったとしても、自分に厄災が出ます。

そうした内容が含まれている場合には、わたしは、そのままに神前でご奏上しません。「今度の契約が、当然の結果になりますように」「話し合いが、あるべき状況になりますように」「受験で実力を発揮し、あたりまえの結果が出ますように」と変更します。祈祷をお受けすると、たいていはかないます。

私たちが、思い描く願い事は、かなって当然のことかもしれません。ところが、人生の経験で、かなわないことがあったり、世の中では理不尽なことがあるという考えた方ができてしまいます。ですから、神さまの力を借りなければ、成るものが成らなかったりして、「なんでやねん」となります。

神さまのお力は、成るものは成り、成らないものはならない結果を出させていただけることです。成らなければ、因縁の解消になります。「ああ、なるほど」と得心が行きます。

本来の自分の姿をきちんと出させていただくように神頼みができるようになれば、いつでも望みがかなうようになります。
posted by ほうとく at 10:51| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする