2014年01月14日

相手のそのままを気配で知る

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人さまと話していて、その言葉に心地よくなったり、不快な気分になることもあります。しかし、相手は、社会で、あるいは家族の中で精一杯にしているのです。彼のほとんどの部分は、あたりまえに人さまや家族の役に立ち、満足を与えているのです。ところが、その人に接したときに、その人の全体の百に一つか、あるいは万に一つが感情を揺さぶり、魅力的に見えたり、癇に障るのです。

だれもが周囲を正しく知ることはできません。自分の経験と感覚を通じて周囲を見るからです。人さまを、自分の経験と感覚の範疇で見ることは、自分の知る範囲でしかその人を見ていないことになります。

それではその相手をそのままに見ることはできないのでしょうか。できます。感情で相手をとらえないことです。さらに理屈でとらえないことです。つまり気配として、相手をとらえるのです。

多くの場合、相手に見えているのは、自分の感情が揺り動かされた部分です。相手の姿や行動や言動に自分が不愉快な気分になったとすれば、不愉快になっているのは自分自身で、それを相手だと勘違いしてしまいます。

そこで、感情を揺らがせないで相手を見ることができるとしましょう。しかし、相手を言語で理解しようと努めると、やはり誤ります。言語によって、枠組みを決めることができます。しかし、実際には枠組みがあって、相手がその中にあるのではなく、相手がそのままにあるのを、見ている人が、自分の枠組みの中に収めようとしているにすぎません。

言葉による枠を作らずに、気配として感じる相手が、ほんとうの相手の姿なのです。

写真 杖を突きながら歩く老婆 by いしだひでヲ
写真素材 足成  http://www.ashinari.com/
posted by ほうとく at 14:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 心理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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