2010年08月17日

「卑弥呼から巫女へのシャーマンの歴史」が探求会(8月21日)のテーマです

シャーマニズムは、霊的能力者であるシャーマンによって支えられる宗教です。卑弥呼が用いたとされる鬼道もシャーマニズムだと思えます。シャーマニズムは、古代宗教によくあるアニミズムのなかに見いだされます。その担い手は女性です。古代日本の朝廷の婚姻関係や女性祭祀が、国家的統一に係わる重要な位置を占めています。また沖縄のノロやユタ、あるいは朝鮮王朝の宮廷の制度にも神々に仕える女性の姿が見えます。現在、神社でよく見られる巫女さんの姿も歴史的経緯の末のことです。

そこで今回の探求会のテーマは「卑弥呼から巫女へのシャーマンの歴史」です。シャーマニズムと分類される古代の宗教を説明し、世界のシャーマニズムを紹介します。その上で霊媒である女性がシャーマンとして活躍する一方で、国家統一の、あるいは社会的制度の整備として重要な役割を果たしてきたことを歴史的に概説します。

そこで日葉酢媛命(ひばすひめのみこと)をいくらか詳しく説明するつもりです。古墳時代の垂仁天皇の皇后である日葉酢媛命は、丹波道主王命(たんばのみちのうしのみこと)の娘で、景行天皇、倭姫命の母です。景行天皇の子が日本武尊、その子が仲哀天皇です。

その時代以前から、奈良の大和の宮廷は、丹波国の祭祀を頼ってきました。日葉酢媛命の宮中参内は、后になるためではなく、宮中の祭祀のためだったのです。そして日葉酢媛命の娘、倭姫命は、豊鋤入姫命(とよすきいりひめのみこと)の後を継ぎ、天照大神の神体である八咫鏡(やたのかがみ)を、大和国から伊賀、近江、美濃、尾張にお連れし、伊勢神宮内宮を創建したのです。

神社で奉仕する巫女の源流を卑弥呼と見るためには、その間隙を補う必要があります。かつて鬼道を駆使し、国家をとりまとめた卑弥呼と、現在、神社の神さまにご奉仕をする巫女の間を埋めるものが沖縄にあります。沖縄の王朝で祭祀を支えたノロと民間で霊媒として活躍したユタです。それを併せ持つと、神に仕えたシャーマンとしての卑弥呼の姿になります。シャーマンは、国家の統一とともに、神に仕える身分から、大王に仕え、そして宮廷に仕える身分になったのです。

朝鮮王朝の宮廷の女官は、男子禁制の仕事場で、王に仕えています。平安時代の宮廷の女官は、現在で言えば、国家公務員で、そのときの服装が、現在、神社などでよく見る巫女装束です。

ご興味がありましたら、ご一報ください。

探求会「卑弥呼から巫女へのシャーマンの歴史」
日時 / 8月21日(土) 午後1時半から午後3時半
場所 / ホテル日航姫路 1階ファウンテン個室
費用 /1万円 (参加時にお支払いください)
講師 / 中澤鳳徳

セミナーの内容を録画、録音して、活用することがあります。
posted by ほうとく at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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