2010年03月21日

朝貢と冊封を基礎に東アジアの外交関係を理解する

昨日、探求会で「隋と朝鮮半島」をテーマにお話しました。国際的な活動の盛んな飛鳥時代の社会的背景を説明するためにテーマを「隋と朝鮮半島」にしたのです。実際には、朝貢(ちょうこう)と隋の文帝、煬帝(ようだい)のことで盛りだくさんで、飛鳥時代の「あ」一字分を語る余裕もありませんでした(^_^;

600年ごろの東アジアは、文化的交流も、各国の政治的判断の上でなされてきているとてもダイナミックな時代です。東アジアの外交関係の全体を見渡すためには、中国の冊封(さくほう)と呼ぶ外交的支配を基礎に据えると分かりやすいですね。冊封(さくほう)の必須が朝貢(ちょうこう)です。それらは、安全保障システムであり、貿易となっていたのです。

君主が、中国の爵号を授かって、中国皇帝と君臣関係を結びます。これが冊封で、中国皇帝の臣下となります。

たとえば卑弥呼が魏から「親魏倭王」に封ぜられています。宋の文帝は、元嘉15年(438年)に倭の五王の一人である珍を「安東将軍倭国王」としています。室町幕府3代将軍足利義満が、明皇帝から「日本国王源道義(にほんこくおうげんどうぎ)」を与えられています。

朝貢は、中国の内政外交上とても重要です。朝貢をしない隣国、高句麗に対して、隋は、大規模な派兵を幾度も行ない、失敗しています。そうした財政的負担のために滅びました。

学生時代に、朝貢と冊封が東アジアの国際関係の基礎にあることに気づいていれば、日本史も世界史ももっと分かりやすかったのではないかなあと思います。
posted by ほうとく at 12:56| Comment(0) | TrackBack(0) | ・受験勉強 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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