2017年04月25日

承認欲求の裏側

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人さまに認められたいという欲求は、承認欲求と呼ばれます。ラフな承認欲求、つまり、自分の都合のよい部分を認めてもらいたいという欲求をかなえることは、それほど難しことではありません。承認する相手を選ばない上に、その部分をアピールすることで、反応を見ることができるからです。

ところが、都合のよい自分を認めてもらいたいと願うとき、都合のよくない部分を隠していることに気づく人がいます。それがストレスになります。そのストレスの解消は、承認欲求そのものをやめるか、隠そうと試みた不都合な部分を含むありのままの自分を認めてもらうことです。

承認欲求は、自己実現の過程で現れます。自己実現指向は、その人の生まれ持っての癖です。ですから、成長の欲求が承認欲求を導いたとも言えます。承認欲求は、成長とともに解消します。意図的にやめることは困難です。

成長を試みつづける源は、上位承認、つまり、他人よりも優位であろうする承認欲求です。成長のプロセスで、下位承認が首をもたげます。責任を負いたくない、保護されたいと思うのです。上位承認を表面に出す限り、下位承認は表面化できないのです。前者は、相手をあまり選ぶ必要はありませんが、後者は、相手が限られるのです。

上位承認が成就するほどに、下位承認が明瞭になり、また表面化できないためにストレスになるのです。そのストレスが、自己実現を阻むのです。
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2017年04月20日

凡事徹底

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「凡事徹底」いいですね。建物の建築現場で見つけました。
タグ:凡事徹底
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2017年04月14日

「幸せな家族」「成功」への依存のプロセス

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わたしたちがこの地上に生まれたとき、自分の生命すらも自分で維持することができません。周囲の支援、とりわけ母親の愛情と世話がなければ、いのち断えることでしょう。この依存に徹した時代から大人になっていき、自分勝手に生きられるようになることが自立です。自分で判断し、自分の経済力で、生活できるようになります。そうすると、自分一人でできないことが社会の中でできることに気づき、伴侶を得たり、社会生活を営むために人間関係を構築していくのです。

一見すると、依存から、自立、そして相互依存に至ります。ところが、詳細にみると、自立までの依存は、往々にして共依存であったり、あるいは、その後、自立はしているけれど、自律できていないことがあったりします。

母親の中には、赤ん坊を育てることが、生活の中心にある人がいます。そうした状態、溺愛を始めると、自分自身を見失います。赤ん坊は、自分の生命のために依存していますから、共依存の状態です。子供の母親が、子育ての基礎になっているのは、母親も子供も、その家族の一員であることに由来するのです。そこを理解できれば、依存することなく、子育てができます。

経済的自立は、生命の維持や健康や最低限の生活のために必要です。しかし、自分の欲求を満たすのは、物的な要件によるものではないことがあります。力量が伴うならば、自律できます。それは、自分の思うように自分自身をコントロールできる状態です。自律の基本は、自分の感情のコントロールです。それができるとストレスは激減します。

精神や肉体を自分の思うように操れる状態、つまり、自律ができると、必要に応じて、周囲を整えることもできます。自律した人は、自分の領域に自律した人を呼び込み、互いの活動を支え合うことになるのです。それが相互依存です。家庭では「幸せな家族」と呼ばれます。事業家の相互依存は、一般的に言われる「成功」にあたります。
posted by ほうとく at 12:05| Comment(0) | TrackBack(0) | ・幸福 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする