2016年03月22日

経歴詐称の問題点を見定める

テレビを見ない私が気づくほどに世間ではある経歴詐称の男性(Kとしておきましょう)のことで盛り上がっているようです。テレビなどで活躍していた経営コンサルタントです。あちこちで皆さんが話題にし、活字ででも見受けられます。

ピーター・ドラッカーは、多くの著作をして、多くの人たちに影響をした経営コンサルタントです。彼についてわたしたちの知る大事なことは、彼の経営コンサルタントとしての実力、つまり実績です。学歴や肩書ではありません。

マスコミでも、もっとも華々しいのはTVでしょう。その世界で重用される経営コンサルタントが経営や経済について語る場をもうけられています。そこでKが活躍しました。それなりの知識や受け答えができる必要もあるでしょうし、TV写りのこともあるでしょう。これまで彼が活躍できたということは、TVで必要とされる実力があったのです。

マスコミは、真実を伝えようと日夜努力し、不正や虚偽を暴き立てます。政治の世界や芸能の世界で存分にその力を発揮してきています。今回の事件では、経営コンサルタントの経歴詐称を問題にしています。Kを重用したのは、マスコミ自身です。彼の経歴詐称を責めることで、マスコミが彼を採用した失態を免れることはできません。マスコミ自身の肩書信仰の浅薄さを見せつけたにすぎません。

一歩踏み込んで本質に迫ろうとしなければ、いつでもそうした過ちを起こしかねないのです。
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2016年03月17日

境内に「梅にウグイスならぬメジロ」

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梅にウグイスというよくある絵柄のままの境内の風景でした。ウグイス色の鳥は、実際にはメジロです。
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2016年03月09日

鏡の法則と聞くこと

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3月1日の感謝祭でのお話「鏡の法則と聞くこと」を要約しました。

鏡の法則は、聞く機会が多いかもしれません。自分の見ている世界は、自分の心を映しているということです。あるいは自分の目の前の人に感じていることは自分の姿だという表現もよくあります。つまり、相手の態度や言動をイヤだと感じたとき、自分が他人に対してしていることなので、それを改めなければならないということなのです。

聞くことには、3段階あって、聞く態度をとることと、理解することと、受け入れることがあります。相手が自分に見せてくる姿、あるいは聞かせる内容をイヤだなあと感じるのは、受け入れることができないからです。それが鏡の法則を発動して、自分の姿を見せてくれることになるのです。


あなたがある人を見て、ケチに見えても、他の人からみるとその人が、ケチでもなんでもないかもしれませんし、慎ましやかに見えるかもしれません。引き籠もりの子供は、学校や社会に係わっていないという意味で問題があるように見えます。しかし、父親、母親、周囲の人それぞれに感じ方は異なります。怠け者だと感じるか、その日常で見せる態度が不遜に見えてしまうのか、言うことを聞かないことに立腹するのかは、その子供をみる人のそれぞれが感じることなのです。

そして、その見せられている姿が、自分の改めなければならない部分なのです。人さまを見てケチに見えたとき、自分がケチなのです。その相手よりはケチではないかもしれませんが、自分の周囲のだれかよりもケチだということを自分が知っていて、自分を守るために人をケチだと責めることになるのです。相手が慎ましやかに見えたとすれば、自分が慎ましやかに見られていることにご自身でお気づきのはずです。人さまのケチな姿を見て、イヤな気分になったときには、自分のケチな部分を治さなければならないということなのです。

引き籠もりの子供を見て感じたこと、イヤな気分で怠け者だと感じてしまったら、じつは自分の怠け心を自分が見抜いてしまったということなのです。不遜な態度が気になったら、自分が他の人に見せている不遜な態度を改めなければならないのです。言うことを聞かない子にイヤな感じがしたのは、自分が人の言うことを聞かない者なのです。それを改めるように、引き籠もりの子供が見せてくれているのです。

人さまや子供を見てイヤだなあと感じる事柄は、自分自身は改めなければならないことを自分で気づいていることです。そのことを受け入れなければならないのです。それを相手を通じて学ぶことができるのです。

言葉には論理があって、感情が揺らぐ部分を探りやすいのです。ですから、相手の言うことを受け入れるように努めることがしやすいのです。まずは、聞く態度をすることです。相手がいろいろと自分に話しかけてもらいやすいように聞く態度を見せることです。それは自分自身を聞く体制にすることでもあるのです。膝を相手のほうに向けます。腕組みや足を組むと拒絶した姿に見えるので、腕や足を組まないようにします。手の甲を相手にみせているのは、自分を隠していることになるので、手のひらをみせるようにすることも良いことです。そして、同調することです。相手に合わせてしぐさをまねます。また、復唱したりすることで、相手とシンクロしていくのです。そうすると信頼ができます。

次に理解することです。相手の発する言葉を漏らさず聞き取ります。話そうとしている人は、思うところを話そうとしているので、聞くほうが理解できることを優先しているわけではありません。ですから、丹念にそれを組み上げて、相手が話そうとしていることを自分の中で整理して、理解していくのです。主語が抜けていたり、時間的な経過が前後していたりするわけですから、自分の中で組み上げなければならないのです。分かりにくいことがあったり、辻褄が合わない話に聞こえても、相手に問うてはいけません。相手の心に逆らうからです。合いの手を入れながら、しばらく聞くうちにその全体が見えてくるのです。そうすると、相手に対して、感情的なことに関係なく事実が見えてきます。

次に受け入れることです。これは、相手の言葉を理解しようとして聞くわけではありません。相手の言葉を、自分の感情でより好みするのではなく、全部そのままに受け入れるということです。相手をそのままに認めるということでもあります。

相手に対して、感情的に受け入れられない部分のない状態は、鏡の法則を適用すれば分かるように、自分がだれからも受け入れられている状態になっているということなのです。そのときに相手に自分と異なる部分が見えれば、それが相手の存在を認めた証左です。きちんと聞くことの先にある相手を受け入れることは、ある姿を持った自分が宇宙に受け入れられる、つまり本来の自分に立ち返らせてくれることになるのです。
posted by ほうとく at 16:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 心理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月07日

八重の紅梅が満開です

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八重の紅梅が、やっと満開。ご来会いただいたら、ぜひ玄関脇の紅梅をごらんください。
タグ:八重 紅梅 満開
posted by ほうとく at 20:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 花鳥風月 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月05日

お守りなどの御魂(おたま)抜きは過酷な作業です

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幸運祭で、お守りやお札を新しいものに交換されます。古いお守りやお札をお持ちになります。先日、その御魂(おたま)抜きをさせていただきました。例年のことですが、体調に障るもっとも過酷な作業です。しばらく、咳き込んだり、下痢をしたりすることになります。

お渡しするまでに、十分に高い波動圏でお守りやお札を調製させていただいています。ところが一年お使いいただき、お返しいただくと、目の前が曇るような感じがするほどに、念のようなものが発せられています。それを清め上げさせていただきます。
posted by ほうとく at 10:24| Comment(0) | TrackBack(0) | ・神さまごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする