2010年08月27日

癌封じをする

癌は、かつて不治の病だと怖がられていました。そして現在であっても、怖い病気ではなくなったとは、とても言えません。

自分の肉体であるにもかかわらず、その組織が、勝手に、つまり自分の予定している組織とならないで、細胞が増殖してしまうのです。自分勝手な行動は人間社会でも困りものですが、自分の身体の中のことでもそうです。

多くの人が、癌の痛みに苦しめられます。癌そのものの治療と痛みを押える薬を必要とします。

どのような病気であっても、病気になって治療するより以前に、その病気にかからないようにすることが基本です。

当会では、癌についてお守りを用意し、また心願成就のご祈願で、癌についてのご依頼いただきます。癌の予防、治癒、元気になってほしい、再発の防止という希望もあります。痛み、微熱、むくみ、食欲不振などを解消してほしいと願われる方もいらっしゃいます。皆さまのご依頼を受けて、それぞれに願われていることをご神前で奏上させていただいています。
posted by ほうとく at 21:50| Comment(0) | TrackBack(0) | ・神さまごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

神信心は手を合わせること

京都の街角の赤い祠(ほこら)におばあさんが手を合わせます。その祠に「大日如来」と木札が打ちつけてあります。一心に何かを願われていました。

でもそこにいらっしゃったのは大日如来さまではなく、別の方でした。明治維新のころに、その近くにいらっしゃって、活躍された方です。

わたしは、そのおばあさんの姿を黙って見ていました。気になったのです。そのおばあさんは、どなたがその祠に祀られているのか知らなかったのではないかと思うのです。もし大日如来さまが、そこに祀られていたとしても、どのようにお祈りをするというのでしょうか。如来さまは、お願いごとをする相手ではありません。帰依する対象として崇めることはできます。

もしそこに祀られている方をほんとうにご存じで、頼みごとをしていたとすれば、その方にすがって、かなうことがあるかもしれません。そこにほんとうにおまつりしてある方をご存じではなく、神さま、仏さまにお頼みしているつもりで、そうではないというのは、お互いに芳しくないのではないかと思ったのです。

しかし、どなたかにすがりたい、手を合わせたいという気持ちに偽りはなかったはずです。そのおばあさんが、その祠の前で、真摯に手を合わせたいと思われたのです。一心に手を合わせている姿に、疑念を持つことは何もありませんでした。
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2010年08月26日のつぶやきTwitter

NakazawaHotoku 2010年08月25日のつぶやきTwitter | http://bit.ly/cuCl73 at 08/26 01:04

NakazawaHotoku おはようございます。すばらしい一日でありますように。 at 08/26 08:05

NakazawaHotoku 赤ちゃんの発育と日本の成長 | http://bit.ly/9uGFAC at 08/26 22:59

NakazawaHotoku 巫女衣装を着たい方に。「さくらふくむすめ」募集の掲示。http://syusei.or.jp/05/ at 08/26 23:07

NakazawaHotoku さくらの花御札(はなみふだ)がステキだと言っていただけるのは嬉しいことです。http://syusei.or.jp/05/post_87.html at 08/26 23:08
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